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自我を捨てよ

日本の高額納税者である、斉藤一人さんの本を読んでみたところ、面白い話しが書かれていた。

その内容とは、「困った事は起こらない」というものである。

簡単に説明すると、人生には、本当に困るような出来事は起こらず、全ては本人の捉え方次第であるという内容である。

つまり、一見すると不幸な出来事であったり、困ったような出来事と思えるような出来事でも、見方を変えたり、つきつめて考えてみると、何にも問題が無いという事だそうだ。

早い話が、「悪い出来事は全て気のせい、全部何とかなる」という事だろう。

私はそう解釈している。

 

近頃の私は、ほんの少し、自我というものについて勉強をしていた。

自我というのは、あなた自身が自分に対して「俺」「僕」「私」として認識している意識の事だ。

この自我というのは、別名「エゴ」等と呼ばれたりもする。

そして「エゴ」とは、エゴイスティック(egoistic)、またはエゴイズム(egoism)の略でもあり、意味としては自己中心的、利己的といった意味になる。

まあ、こんな事は説明するまでもなく、あなたもご存知かとは思う。

 

さて、我々人間は、人生という舞台の中でたくさんの困難や苦難を経験する。

仕事であったり、家庭の事であったり、恋人の事であったり、金銭面であったりといった具合だ。

誰しも何かしらの事情というものを抱えているものである。

しかし、近年の日本では、そのような困難や苦難を乗り越えられない人が増えているのではないかと思う。

でなければ、ニートや引きこもり、鬱病なんて人達がこんなに増える事も無かっただろう。

ニート、引きこもり、鬱なんて言葉は私が高校生くらいの頃まではほとんど耳にしなかったが、高校卒業後、しばらくしてからやたらと話題が持ち上がるようになった。

 

かくいう私もそんなに強い人間ではないし、むしろ自分の事を甘ったれの駄目男だと自認している。

自分の能力の低さに辟易し、挫折を何度も経験した。

 

昔、勤めていた会社の上司に、「お前は自分に甘い」と直接言われた事がある。

その上司は、30代前半で会社の役員まで登り詰めた人である。

普段は適当なジョークを飛ばしたりしてふざけたりしているが、仕事モードになると別人みたいに厳しくなる。

まあ、ちょっと変わった人ではあったが、その人が私に言った事は正しいし、正面切って指摘して頂けたのは有り難かった。

そして、厳しい面は確かにあったが、一緒に焼肉や、お風呂にも連れて行ってくれ、とても可愛がってくれた。

 

その人からの指摘があってからというもの、私なりに地道ながらも、自分との付き合い方をずっと考えながら生きてきた。

その結果が一日一食や断食、ミニマリスト、禁欲に繫がっているのかもしれない。

正直、側から見ると極端な事をしているように見えるのかもしれないと考える事もあるが、私はそんなに極端な事をしているつもりはない。

一日一食、断食、禁欲、ミニマリスト生活、これらをスタートしてから、かれこれ2〜3年が経過している。慣れてしまえば至って当たり前の生活になる。

 

話が逸れてしまったので戻すとしよう。

さて、困難を乗り越えられない人が増えていると書いたが、そもそも困難なんてものは乗り越えようとしなくても良いのである。

そもそも、何故困難や苦難があなたに降りかかるのかというと、あなたの自我が、出来事を困難や苦難だと認識しているからだ。

どんなに困難や苦難に思える事であっても、自我がそのように認識しなければ、なんて事ない日常の出来事に成り下がるわけである。

ようするに「ピンチをピンチと思わなければ、それはピンチでは無くなる」という事が言いたいわけだ。

 

しかし、人間には自我がある。

利己的、自己中心的である自我さんは、ちょっと自分に不都合な出来事が起こると、途端に、不安、心配、ストレスといった形で騒ぎ出すのである。

ここで自我に負けてしまうと、鬱になったり、体調を崩したりと、心身に異常をきたす。

 

ではどうすれば自我に負けないのか?

簡単である。

自我と戦わなければいいのである。

困難を乗り越えようとする事は、自我と戦う事であるが、戦えば当然、勝つ事もあれば負ける事もある。

ならば戦わずして勝つのが一番である。

孫子の兵法等でも、敵を倒す事よりも、敵を作るな的な事が書かれているが、戦う敵がいなければ、文字通り「無敵」である。

そして、自我というのは、自分の一部でもある。

そんなものと戦えば、勝っても負けても傷つくのは自分自身である。

だからこそ、尚更、自我とは戦わない方が良い。

 

ではどうすれば戦わずに済むのかというと、自我を捨てれば良い。

既に何度か書いたが、自我とは、言い換えれば「エゴ」であり、利己的、自己中心的な自分の意識の事だ。

それを捨てれば良い。

もう少し分かりやすく説明すると、

ちやほやされたい、よく見られたい、人から認められたい、構って欲しい、といった気持ちを捨て去るという事である。

そして、ちやほやされなくても、よく見られなくても、人から認められなくても、構ってもらえなくても、文句や愚痴を言わず、態度にも出さず「人生なんてそんなもの」と割り切ってしまえば、あなたの心は自我から解放される。

そうなればしめたものである。

つまらない事で心を揺さぶられる事もなくなり、不動心を得ることができる。

そうすれば大抵の出来事は素通りできるし、そんなあなたを見て、周りはあなたに構わずには居られないだろう。

 

私は、一日一食や断食、そして禁欲とミニマリスト生活を数年続けてきたおかげで、ほとんどの欲が無くなってしまったのだが、そうなると生きている意味があまり無くなってしまった。

なので、私自身の最後の砦である自我を捨て去っている最中なのだが、自分の中のエゴを殺せば殺す程、何故か知らないが、人が寄ってくるのである。

効果は私が実証済である。